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近代ツーリズムの祖は、禁酒運動家だった──旅と酒の180年

  • 8月28日
  • 読了時間: 5分

旅先での一杯は、旅の楽しみとして当たり前のものになっています。


現地のビール。空の上のワイン。ホテルのバー。ワイナリーめぐり。「せっかく来たんだから」という言葉とともに、旅と酒は分かちがたく結びついてきました。


ところが、近代的な団体旅行の出発点をたどっていくと、まったく逆の光景に行き当たります。


その最初の旅は、酒を断つための旅でした。

近代ツーリズムの祖は、禁酒運動家だった──旅と酒の180年
1841年7月5日、レスターからラフバラーへ

イギリス中部の町レスターで、ひとりの男が鉄道の特別列車を手配しました。


男の名はトーマス・クック。のちに世界的な旅行会社の創業者となる人物ですが、このときの目的は観光ではありません。


列車が運んだのは、禁酒運動の集会へ向かう人々でした。乗客はおよそ500人。

彼らは酒をやめようと訴える集会に参加するため、鉄道に乗りました。


発想の順序が、逆だった

クックがこの企画を思いついたのは、その約1か月前のことです。


1841年6月9日、彼は禁酒協会の会合に出席するため、マーケット・ハーバラからレスターまで約15マイル、およそ24キロの道のりを歩いていました。


その道中で、ある考えが浮かびます。鉄道という新しい技術は、禁酒運動を広めるために使えるのではないか。


ここが重要なところです。


彼は「旅を楽しませる方法」を考えていたのではありません。「運動を広める方法」を考えていて、その手段として鉄道にたどり着いた。旅行が目的だったのではなく、旅行は手段だったのです。


クック自身、生涯にわたって酒を口にしませんでした。19世紀末に彼の会社が刊行した社史には、彼が飲酒に対する "active and emphatic opponent"、つまり積極的で断固たる反対者として知られていたこと、地域の禁酒協会の書記を任されたこと、自費で禁酒運動のパンフレットを印刷していたことが記録されています。


そして1841年から1844年ごろまで、彼が企画した旅行は主に禁酒協会や日曜学校のためのもので、ほとんど利益を生んでいませんでした。


ただし、彼が観光を発明したわけではない

正確を期すために、断っておきたいことがあります。


クックはしばしば「近代ツーリズムの父」「パッケージツアーの発明者」と呼ばれ、それは学術的な文献でも一般的な表現です。ただ、彼が旅行というものをゼロから生み出したわけではありません。


鉄道を使った団体旅行は1830年代からすでに存在していました。


旅行を手配する会社という業態も、1758年創業のイギリスのCox & Kings、1840年創業のポルトガルのAbreu Agencyなど、先行例があります。クック自身が利益を目的とした一般向けの旅行を企画するのは、1845年のリバプール旅行からです。


それでも、のちに世界へ広がっていくパッケージツアーという仕組みの出発点に、禁酒運動があったことは事実です。


そして、旅と酒はセットになった

その後の180年で、事態は完全に反転しました。


オールインクルーシブのリゾートでは、滞在中の酒が料金に含まれています。


飛行機に乗れば飲み物が配られ、ワインやビールが並びます。ワイナリーやウイスキー蒸溜所をめぐるツアーは、それ自体が旅の目的として成立しています。


免税店で真っ先に目に入るのは酒の棚です。土産物として酒を買って帰るのも、ごく普通の行為になりました。


いつからそうなったのか、はっきりした境目を引くのは難しいのですが、少なくともいま、「旅先だから飲む」という感覚は説明を必要としないほど自然なものになっています。

クックが列車を仕立てた理由を思えば、なかなか皮肉な話です。


いま、前提が問い直されはじめている

ここ数年、その当たり前がゆっくりと動きはじめています。


ヒルトンが展開するTempoブランドは、ノンアルコールスピリッツのブランドと組んでモクテルのプログラムを用意しています。


1987年創業のSober Vacations Internationalは、リゾートを丸ごと借り切り、館内のバーとミニバーからアルコールをすべて撤去した滞在を運営してきました。The Sober CruiseはVirgin Voyagesと組み、アルコールを出さないクルーズを提供しています。


海外では「アルコールフリーの旅」を探す人が増えているという調査も出ていますが、数字の出どころが確認しきれないものも多く、ここでは深追いしません。ただ、そうした選択肢を用意する事業者が実際に現れはじめているのは確かです。


一周したように見えて、意味は違う

禁酒運動から始まった旅が、飲む旅になり、また飲まない旅が現れた。


一周して戻ってきたように見えますが、中身はまったく別のものです。


クックの時代の禁酒は、道徳と信仰にもとづく社会運動でした。酒は克服すべき悪であり、飲まないことは規律でした。


いまの「飲まない旅」は、そうではありません。体調を整えたいから。翌朝の予定を大事にしたいから。運転するから。単純に飲みたい気分ではないから。理由は人それぞれで、誰かに説明する必要のあるものでもありません。


かつては「飲んではいけない」でした。いまは「飲まなくても楽しめる」です。

同じ「飲まない」でも、まるで違う言葉になりました。

次の旅で、何を飲みますか

旅先で何を飲むかは、いま自分で選べます。


180年前、レスターの列車に乗った人々は、飲まないことを選ぶために出かけました。いま私たちは、飲むか飲まないかを、その日の気分で選べます。


それは、そんなに悪くない変化だと思います。

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