宇宙飛行士はなぜお酒を飲まないのか──ISSという究極のノンアル環境
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国際宇宙ステーション(ISS)では、アルコールが飲めません。
これだけ聞けば当然に思えます。秒速八キロで地球を周回する巨大な構造物の中で、酔っ払われては困る、と。
ところが禁止の理由は、酔うことではありません。
禁じられているのは「飲むこと」ではなく、アルコールという物質そのものです。
飲用の酒はもちろん、マウスウォッシュも香水も、アルコールを含む製品は一切持ち込めません。
なぜそこまで徹底するのか。答えは、水にあります。

ISSの水は、乗員自身から作られている
宇宙に水源はありません。地上から水を打ち上げるには莫大なコストがかかります。かつてスペースシャトルの積荷は、その半分近くを水が占めていました。
そのためISSでは、水を徹底的に循環させています。回収されるのは飲み残しだけではありません。乗員の汗、呼気に含まれる水蒸気、そして尿。それらを集めて濾過し、ふたたび飲料水に戻します。船内の空気に含まれる湿気――キャビンの結露さえも、回収の対象です。
その回収率は、98パーセントに達します。
NASAの担当者は、こう説明しています。
100ポンドの水を積んで打ち上げたとして、失われるのは2ポンド。残り98パーセントは、ISSの中をひたすら巡り続ける。
かつて総回収率は93〜94パーセントでしたが、尿を蒸留したあとに残る濃縮液からさらに水を絞り出す装置が加わったことで、98パーセントに到達しました。
火星への有人飛行には、この水準が不可欠だと見積もられています。
ISSの水は、閉じた輪を描いています。乗員は自分たちの体から出た水を、飲み、洗い、また体へ戻している。その輪を維持する装置が、水回収システムです。生命線と言っていい。
エタノールは、飲まなくても空気に混ざる
ここでアルコールの性質が問題になります。
エタノールは水より揮発しやすい物質です。常温でも蒸発し、空気中に拡散します。ウイスキーの瓶を開けた瞬間に香りが立ちのぼるのは、エタノールが空気へ飛び出しているからにほかなりません。
地上では、これは何も問題を起こしません。窓を開ければ済む話です。しかしISSでは、その空気から水を回収しています。
エタノールの蒸気が船内に漂えば、水回収システムはそれを水と一緒に取り込むことになります。
システムは水分子を回収するよう設計されており、揮発性有機化合物が大量に流れ込むことを前提としていません。濾過フィルターや、微量の汚染物質を分解する触媒反応器に負荷がかかり、性能の低下や故障を招く恐れがあります。
NASAジョンソン宇宙センターの広報担当者も、アルコールおよび他の揮発性化合物が水回収システムに及ぼす影響を、管理の理由として明言しています。
つまり、飲んで酔うより前の段階――栓を開けた瞬間に、すでにアウトなのです。
炭酸も、また飲めない
宇宙で飲めないのはアルコールだけではありません。炭酸飲料も飲めません。
地上では、炭酸の泡は浮き上がります。重力があるからです。液体は下に、気体は上に。だからグラスに注げば泡は表面に集まり、飲んだあとも胃の中で気体と液体が分離し、げっぷとして気体だけを外へ出すことができます。
無重力では、これが起こりません。
気泡は液体から分離せず、混ざったまま漂います。胃の中でも同じです。気体だけを吐き出すことができず、液体といっしょに吐き戻すようなことになってしまいます。
つまりビールは、宇宙において二重に不可能な飲み物です。アルコールを含み、なおかつ炭酸を含む。ISSの環境が最も受け入れがたい要素を、両方そなえています。
それでも人類は、宇宙で飲もうとしてきた
もっとも、宇宙で酒が飲まれなかったわけではありません。
かつてソ連の宇宙計画では、医師の勧めによってコニャックが配給されていた時期があります。免疫機能の維持と体調管理を名目としたものでした。
アポロ十一号のバズ・オルドリンは、月面着陸後に聖餐を執り行っています。
近年ではシャンパンメーカーが、無重力でも飲めるよう設計した特殊なボトルを開発しました。二酸化炭素の圧力で泡状の球体を射出し、口に含むと液体に戻るという仕組みです。
禁じられるほど、人は飲みたくなる。宇宙という場所でさえ、その衝動は変わらないようです。
参考資料
