毎晩お酒を飲んでも酔わない動物がいる──酔う動物、酔わない動物
- 1 日前
- 読了時間: 5分
マレーシアの熱帯雨林に、ハネオツパイという小さな動物がいます。ネズミに似た姿で、体重は五十グラムほど。この動物、毎晩お酒を飲んでいます。
比喩ではありません。
彼らが食べるのはベルタムヤシという植物の花蜜です。この花のつぼみは発酵室のようになっていて、内部に酵母がすみついている。蜜は自然に発酵し、アルコールを含むようになります。最大で3.8パーセント。自然の食物としては記録上もっとも高い部類で、軽めのビールとほぼ同じ濃度です。
ハネオツパイは、この蜜を一晩に平均138分かけて飲みます。他のどの食べ物よりも長い時間です。研究者によれば、ヤシの木は「醸造所のようなにおいがする」といいます。

それでも、酔わない
普通なら、これだけ飲めば酔います。
実際この研究では、ハネオツパイが摂取しているアルコール量は、人間なら酩酊するレベルに達していると報告されています。それどころか、毛髪に含まれるアルコール代謝物を分析したところ、同程度に飲む人間よりも高い濃度が検出されました。
にもかかわらず、ふらついたり、動きが鈍くなったりする様子はまったく見られない。
研究チームは、彼らが人間よりはるかに効率よくアルコールを処理していると考えています。ベルタムヤシと長い時間をかけて共進化してきた結果、アルコール漬けの生活に適応したのだろう、と。ちなみにこの関係は一方的なものではなく、動物たちは蜜を飲みに来ることで花粉を運び、ヤシの受粉を助けています。酒場が客に給料を払っているようなものです。
ゾウは酔う?
「酔う動物」の話でもっとも有名なのは、おそらくゾウでしょう。
アフリカにマルーラという果実があります。地面に落ちて発酵したこの実をゾウが食べ、酔っぱらってふらつく――という話が、長く語り継がれてきました。
ところが2006年、ブリストル大学の研究者たちがこれを否定します。
ゾウが酔うには、通常の最大食事量と比べても相当量のマルーラを食べなければならず、現実的ではないという計算でした。「人は酔ったゾウの話を信じたいだけだ」とまで言われ、俗説として片づけられます。
ところが話には続きがあります。
2020年、カルガリー大学の研究チームが、哺乳類85種についてアルコール分解酵素の遺伝子を比較しました。すると、アフリカゾウとアジアゾウを含む十種で、この遺伝子が機能していないことがわかったのです。
2006年の計算には、見落としがありました。「人間と同じ速度でゾウがアルコールを分解する」という前提で、体の大きさだけを掛け算していたのです。実際にはゾウの分解能力は人間よりずっと低い可能性がある。だとすれば、必要な量ははるかに少なくて済みます。
酔ったゾウの話は、いま「未決着」の状態に戻っています。
そもそも、なぜ人間は飲めるのか
ここまで読んで、ひとつ疑問が浮かびます。
アルコールは本来、生物にとって毒です。ハネオツパイのような特殊な適応がなければ、飲めば酔い、動けなくなり、外敵に襲われる。なぜ人間は、そこそこの量を飲んでも平気なのでしょうか。
この問いに、2015年の研究が答えを出しています。研究チームは現生霊長類19種のアルコール分解酵素を解析し、進化をさかのぼって祖先型の酵素を復元しました。
すると、五千万年前の祖先が持っていた酵素は、アルコールをごくわずかしか分解できなかった。ところが約一千万年前、人間・チンパンジー・ゴリラの共通祖先において、この酵素が40倍も効率的な型に変異していたのです。
時期が示唆的です。ちょうど祖先たちが樹上から地上へと生活の場を移しはじめた頃にあたります。地面に落ちた果実は、木になっている果実より発酵が進んでいる。つまり、より多くのアルコールを含んでいる。
この変異を持つ個体は、落ちた果実を食べても酔わずに済みました。食べられるものが増え、生き延びる確率が上がった。だからこの遺伝子が受け継がれた、というわけです。
人類が酒を造りはじめるより、はるか前の話です。私たちが酒を飲めるのは、酒のためではなく、落ちた果物のためでした。
私たちの体は、薄いアルコール用にできている
ここに、少し皮肉な事実があります。
一千万年前の祖先が出会っていたアルコールは、熟れすぎた果実にわずかに含まれる程度のものでした。糖も食物繊維も栄養も一緒に入っている、ごく薄い濃度です。
私たちの体は、その濃度に合わせて調整されました。
ところがいま、私たちが手にしているのは、ビールで5パーセント、ワインで12パーセント、蒸留酒なら40パーセント。果実から水分も繊維も取り除き、アルコールだけを濃縮した液体です。
祖先が備えた仕組みが想定していた範囲を、はるかに超えています。翌朝つらいのも、飲みすぎると体を壊すのも、当然といえば当然かもしれません。
ハネオツパイは、アルコールを飲むために進化しました。ゾウは、そもそも分解する仕組みを持っていません。そして人間は、その中間にいます。飲めるけれど、強くはない。
そう考えると、選択肢が増えるのは悪くない話です。今夜の一杯に何を選ぶかは、一千万年前の祖先が決めたことではありません。
参考資料




コメント