二日酔いは、なぜいつまでも克服されないのか
人類は数千年にわたって酒を飲んできました。
その間に医学は、感染症を抑え込み、臓器を移植し、遺伝子を書き換えるところまで到達しています。
それなのに、二日酔いだけが残っています。
これは些細な問題ではありません。
週に1回以上お酒を飲む40〜50代の会社員を対象にした調査では、翌日に酒が残った状態で出社したとき、集中力や判断力が普段より落ちると感じる人が約9割にのぼりました。「大幅に低下する」と答えた人だけで3割近くいます。
日本中のオフィスで、毎朝それが起きている。
ドラッグストアには対策商品が並び、飲み会の前にそれを買う人がいる。市場は存在しています。それでも、効くと確認されたものはひとつもありません。
なぜでしょうか。

まず、現状を確認しておく
2022年、ロンドン大学キングス・カレッジの研究チームが、これまでの二日酔い研究をまとめて検証しました。
条件を満たす信頼できる試験は21本、参加者は合わせて386人。結論はこうでした。有効性が信頼できる質のエビデンスで確認された対策は、いまのところない。
2005年にBMJに掲載された、より古いレビューも同じ結論に達しています。二日酔いの症状を避ける最も効果的な方法は、飲まないことである、と。
20年、答えが変わっていません。
2026年、「水」も検証された
ここに、日本発の新しい研究が加わりました。
大分大学医学部の今井浩光教授らの研究グループが、2026年6月、Frontiers in Pharmacology誌に発表した論文です。チェイサー、いわゆる「やわらぎ水」に二日酔いを軽くする効果があるのかを、実験で確かめたものです。
参加したのは、アルコールを分解する酵素が正常に働く、健康な日本人男性13人。体重1キログラムあたり純アルコール1.3グラムに相当する清酒を1時間かけて飲んでもらいます。体重60キログラムの人で、清酒4合弱にあたる量です。
1週間以上あけて、今度は同じ清酒に体重1キログラムあたり15ミリリットルの水を加えて飲んでもらいました。
結果、呼気中のエタノール濃度とアセトアルデヒド濃度に、水の有無による差は認められませんでした。翌朝の自覚症状のスコアにも、差はありませんでした。
大学のプレスリリースの題は、こうです。
「チェイサーで二日酔いは防げない ―鍵は『水』ではなく『酒量』」。
ただし限定があります。参加者は13人、しかも全員が男性で、アルコール分解酵素が正常な型の人だけでした。この結果がすべての人に当てはまるとは言えません。
それでも、酒量を同じにしたまま水だけを足しても二日酔いは軽くならなかった。これは実験的に示されました。
そもそも、原因がまだ分かっていない
なぜ水が効かないのか。実はその手がかりは、研究者のあいだで先に出ていました。
二日酔いの原因は、いまだに確定していませんが、近年注目されているのは、
・アルコールを分解する速さ
・飲酒後に起きる炎症反応
の二つです。
分解が速い人、炎症が穏やかな人ほど二日酔いが軽いという報告があります。
ここで問題になるのが、これまで市場に出てきた対策商品が、どこを狙ってきたかです。
この分野の中心的な研究者であるユトレヒト大学のVerster教授は、こう指摘しています。
過去の研究は、アセトアルデヒドを素早く取り除くことに注目するか、あるいは二日酔いを脱水の結果だと捉えてきた。効果と安全性が証明された治療薬が市場に存在しないのは、驚くにあたらない。
たしかに、アセトアルデヒドは古くから有力な要因と考えられてきました。実際、この物質を分解する酵素の働きが弱い人ほど二日酔いが重いという報告があります。ただし、血中のアセトアルデヒド濃度そのものと二日酔いの重さの関係は、研究によって一貫していません。
そして脱水説については、2024年のレビューがこう結論しています。二日酔いと脱水は同時に起きるが、独立した現象である。
脱水が起きていないわけではありません。ただ、それが二日酔いの主な原因だという説は、現在のエビデンスでは支持されていません。
私たちが「水を飲んでおけばいい」と考えてきた前提は、そこまで確かなものではなかったということです。
なぜ研究が進まないのか
理由はいくつかあります。
そもそも研究が少ない
二日酔い研究の存在感を高めることを目的に、2010年、Alcohol Hangover Research Groupという国際的な研究者集団が設立されました。
2010年時点においても、まず、そこから始める必要があったという事実が、状況を物語っています。
最も一般的な飲酒の帰結でありながら、正面から取り組む研究者が少ない。まず、そこから変える必要がありました。
倫理的な制約がある
二日酔いを研究するには、被験者を意図的に二日酔いにしなければなりません。
ところが倫理上の制約から、実験で飲ませられるアルコール量には限界があります。AHRGの方法論に関する論文でも、そのために現実の大量飲酒による二日酔いを完全には再現できない可能性が指摘されています。
実験室で、現実の飲み会をそのまま再現することは難しい。それがこの分野の制約になっています。
個人差が大きすぎる
二日酔いを引き起こす量は人によって違います。全員に同じ量を飲ませても、生じる二日酔いの程度がばらつき、結果の解釈が難しくなります。
しかもこの差は、かなりの部分が生まれつきのものです。
双子を対象とした研究では、二日酔いの起こりやすさの個人差について、遺伝要因が4割から5割程度を説明する可能性が示されています。研究によって推定値は異なります。
研究の担い手の偏り
AHRGの会議は、二日酔い対策製品に関わる企業からも資金提供を受けています。
主要な研究者が関連企業の顧問を務めていることも公開されています。
これ自体は開示されており、不正ではありません。ただ、この分野の研究を製品を売る側が支えている面はあります。
それが再現研究の少なさの原因だとまでは言えません。
ただ結果として、2022年のレビューでは、同じ対策を独立に検証した研究がひとつもありませんでした。
それでも、分かってきたこともある
悲観的な話ばかりではありません。
AHRGの会議報告では、二日酔いに敏感な30人と、同じ量を飲んでも二日酔いにならない30人のDNAを比較した探索的な解析が紹介されています。
アルコール代謝や酸化ストレスに関わる遺伝子、そして炎症反応に関わる遺伝子に、差が報告されました。
まだ会議で報告された段階の研究です。それでも、病態の解像度がようやく上がり始めています。
原因が絞り込めなければ、狙う場所も決まりません。研究はいま、そこにようやく手をかけたところです。
二日酔いは、故障ではなく警告かもしれない
ここまで、二日酔いを「解決すべき問題」として書いてきました。
でも、視点を変えることもできます。
私たちは二日酔いを、消すべき不具合として扱ってきました。身体の側から見れば、あれは警告です。処理能力を超えた量が入ってきたことを、翌朝になって知らせている。
警告灯を消しても、故障は直りません。
答えは、昔から一つしかない
キングス・カレッジのレビューの筆頭著者は、こう述べています。いまのところ、二日酔いの症状を防ぐ最も確実な方法は、飲まないか、ほどほどにすることだ。
大分大学のプレスリリースも、同じことを別の言葉で言っています。鍵は水ではなく酒量である、と。
20年の研究が到達した答えは、拍子抜けするほど単純でした。
効くものを探すより、量を減らすほうが確実。
では、どうやって減らすか
とはいえ、「飲むな」と言われて素直に従える場面ばかりでもありません。
ここからは研究の結論ではなく、飲み物を扱う側として考えてみたいと思います。
大分大学の研究が示したのは、酒量を同じにしたまま水だけを足しても、二日酔いは明確には軽くならなかったということでした。研究チーム自身も、水を飲むと悪酔いしないように感じるのは、水を飲むことで飲酒量そのものが減ったりペースが緩やかになったりするためではないか、と述べています。
だとすれば、考えるべきは「何を足すか」ではなく「どうすれば酒量が減るか」です。
水は義務として飲むものだからです。おいしいから飲むのではなく、飲んだほうがいいから飲む。だから一杯で終わり、すぐ次の酒に戻ります。
一方、飲みたくて飲むものであれば、話が変わってきます。
時間をかけて味わい、そのぶん次の一杯までの間隔が空く。「もう一杯」と思ったときの選択肢に、それが並ぶ。
ノンアルコール飲料を、チェイサーとして飲むのではなく、嗜好品として飲む。水の代わりではなく、酒と競合するものとして選ぶ。
そう考えると、酒量が減るのは我慢の結果ではなくなります。他に飲みたいものがあった結果です。
香りのあるもの、グラスで飲めるもの、味の輪郭がはっきりしたもの。そういう一本が卓上にあると、酒でなくてもいい時間が生まれるかもしれません。
翌朝を守る一つの方法は、何を足すかではなく、何に置き換えるかを考えることなのかもしれません。
参考資料




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