ノンアルボイス|Park Hyatt London 中村充宏の場合
- 6月29日
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ノンアルコールが盛り上がっている気がする、そんな気がするのだけど、実際どうなの?飲食の現場でノンアルコールを扱っている人に、ノンアルコールとの出会いから現在地点、将来に向けた課題を伺う企画『ノンアルボイス』。
今回は、バーの聖地ロンドン、Park Hyatt Londonでチーフミクソロジストとしてホテル全体のカクテルを統括する中村充宏さんにお話をうかがいました。
中村さんのこれまで

中村さんと飲食との出会いは、高校の頃のバイトでした。
今やロンドンで第一線をはる中村さんの最初の飲食キャリア、さぞキラキラしたものと思うかもしれませんが、意外にも物語は街場イタリアンの皿洗いから始まります。
高校時代、大学時代とバイトを続け、大学卒業後は音楽活動をしていた中村さん、気がつけば、25歳までそのお店で働いていたそうです。
その間に皿洗いからキッチンスタッフとなり、様々な仕事を任せてもらえるようにはなったものの、あくまでバイト。音楽の道を諦め、定職に就こうとした際にも、飲食を考えることはなかったそうです。
就職活動の中で、見つけた職が京王プラザホテルのウェディングプランナー。仕事をする中で、将来はホテリエとしてホテルの中で身をたてることを志したそうです。
ウェディングプランナーとして、競合分析していくうちに、外資系ホテルに興味を抱いた中村さんは31歳でペニンシュラホテルに入社。といっても、英語のできなかった中村さんはその年でまたバイトとして入らざるを得ませんでした。
レストランでランナー(食事を運ぶ係)として働くことになりますが、まわりは20代の新入社員ばかり、ホテル側の配慮もあったのか翌年にはバーに異動となります。
お気づきでしょうが、ここが中村さんの人生にとって初めてのバーとの接点となります。
当初はフロアスタッフとして働き始めますが、カクテルコンペでも実績のある上司の鎌田真理さんの教えもあり、少しずつカクテルの基本を学んでいきます。
ホテルで身を立てていくための経験くらいに思っていたバーでの仕事でしたが、カクテルメイキングというクリエイティブな仕事は、音楽に打ち込んでいた中村さんの肌に合い、徐々にのめりこんでいきます。
2011年にバーに異動になったにもかかわらず、2013年のDiageo World ClassではTOP10の実績を残し、翌2014年のシーバスリーガル主催のカクテルコンペ、2015年のボンベイサファイア主催のカクテルコンペと続けて優勝を果たします。
短いキャリアの中で、なぜそこまでの成績を残せたのかをうかがうと、
「バーテンダーになったのが遅かったからこそ、業界の常識に染まっていなかったから、他の人とは違う新しいものを提供できたのではないかと思っています。あと、曲作りなどもやっていた身としては、オリジナルカクテルづくりという自己表現には非常に楽しく臨むことができました。」
これだけ聞くと感性の人のようにも感じますが、巷で「美味しい」と言われるカクテルは何でも飲みに行くなど、地道な努力も欠かさなかったそうです。
2度の優勝で世界を回ることも増え、仕事の舞台が世界になっていったと語ります。そして、2019年テキーラブランド、パトロン主催のカクテルコンペでも優勝を果たしたのを最後に、世界はコロナムードに入っていきます。
コロナで全てが止まってしまったことが、自身のキャリアを見つめなおすきっかけになります。
ホテルにおいてバーテンダーという立場では、キャリアの天井はバーマネージャーまでで、料飲部長などさらなるキャリアアップは望めません。
独立といっても、コロナが明けても、どのような世相になるかわからない以上、なかなか踏み出せない。
そこで海外で働くという選択肢が出てきます。
これまでゲストバーテンダーや同じペニンシュラ系列の監修、スタッフトレーニングという形で海外に行くことは多かったですが、海外に住み働くという経験はまだでした。
2022年に転職活動を始め、2023年43歳の頃にパークハイアットリージェンシーロンドンのチャーチルバーのヘッドバーテンダーに就任します。
「日本のバーテンディング技術は海外からみてもレベルが高い」
「Japanese Bartendingは世界中で評価されている」
バー業界におらずとも、こういった話を聞くことはありますが、実際に現地で働くと全く違った景色が見えてきたそうです。
「まず、誰もJapanese Bartendingなんて知らないですし、個々に主張の強いロンドンのバーテンダーたちには彼らのやり方があります。それは、グラスの洗い方ひとつとってもそうです。」
ヘッドバーテンダーとして教える意気込みで来たものの、ふたを開けてみれば日々教わることばかり、最初の1年は順応していくのに時間がかかったと語ります。
ロンドンのバーシーンに慣れてきた2025年頃、キャリアアップの案件があり、シャングリラホテルに転職します。
ひとつのバーの統括ではなく、ホテル全体のカクテルを任されるヘッドオブミクソロジーとして、各酒類ブランドとの関係構築、メディア対応、プロモーション実施などを担っていくようになります。
あいにくシャングリラはホテル自体の経営状況もよくなく、半年ほどで現職であるパークハイアットロンドンのチーフミクソロジストとなります。
現地からすれば移民という立場、さらにそもそも多民族社会のロンドンにおいてアジア人にブランド価値が必ずしもあるわけではありません。そんな環境で、なぜ重職を任せてもらえるのかを尋ねると、
「おっしゃる通り、ビザが必要なわたしたちは通常のスタッフ雇用に比べれば、1.5倍以上のコストがかかります。そこで価値を発揮しなくては、すぐにお役御免になる社会ではありますが、わたしのようなポジションに求められるのは、どれだけのネットワークをホテルにもたらすことができるのか、というところにあります。」
人的ネットワークに重きが置かれるロンドンという街柄に気づいてからは、積極的につながりを作りにいったという中村さん。物事の重心を素早く見抜き、そこにしっかりコミットする姿はさすがです。
中村さんとノンアルコール

中村さんにいつからノンアルコールというものを意識してきたかとうかがうと、「ノンアルコールは最初から当たり前に存在していました」とお答えいただきました。
外資系のペニンシュラというホテルの性格、恩師の鎌田さんはモクテルコンペで優勝経験もある人だったということもあるのかもしれません。
店舗のメニュー作りをすれば、ノンアルコールのカクテルは当然用意するし、カクテルイベントでも少なからずのノンアルコールのメニューは用意する。
では、今のノンアルコール市場をどう見ているかとうかがってみると———率直に言って、あまり成長は感じられません、とのこと。
詳しく聞いてみると、特にロンドンにいて感じるのが、供給側の充実具合。ノンアルコールの商材は種類も増え、品質も大きく向上している。一バーテンダーとして、アルコールのカクテルを作るのと、ノンアルコールのカクテルを作るのに大きな違いはなくなっていると語ります。
しかし、需要サイドを見てみると、欧州のバーという性格柄、飲めない人もバーには来るものの、彼らの多くはまだコークゼロなどのソフトドリンクの注文で終わっているのが現実だそうです。
「例えば、イベントでメニューを5種類作るときに、これまで4:1だったアルコール:ノンアルコール比が3:2とか、ノンアルコールの需要が大きいから1種類増やして1:1にしようとなると、わたしも需要を実感できるのですが、現在はそこまでには至っていないですね。」
ノンアルコールの未来について

最後に中村さんにノンアルコールの未来についてうかがってみました。
「供給側の成長に需要がついてきていないというのは、ノンアルコールがお酒を飲める人にとっては、まだまだ代替の劣化品のように映ってしまい、お酒を飲まない人にとっては求めていないアルコールの同根ととらえられてしまうことにあるのかもしれません。だからこそ、新しいカテゴリーとして構築しなおす必要があるのではないかと思っています。
ここ数年で商品の量と質はだいぶ担保されるようになりました、しかし、その豊かな選択肢が一般消費者に伝わりきっていないということなのだと思います。
なかなか難しい問題ではありますが笑」




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