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登山家はなぜ山で酒を控えるのか──高度と酔いの科学

  • 10 分前
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1922年、人類が初めてエベレストの頂を本気で狙った遠征隊は、813箱の物資を担いでヒマラヤに入りました。その中にはシャンパンが24本含まれていたといいます。荷を一箱減らすことが生死を分ける遠征で、彼らはそれを運びました。


それから80年余りのち、タンザニアはキリマンジャロを含む山岳国立公園の規則を制定しました。2003年官報告示第一九一号、その第十条はこう定めています。


すべてのガイドおよびポーターは、登高中・下降中、そして公園に滞在する全期間にわたり、アルコールの摂取を厳に禁じられる。


ただし対象は、登山客ではありません。ガイドとポーターだけです。


客は飲んでもよい。導く者は飲んではならない。


同じ山を、同じ日に、同じ空気を吸って登りながら、判断の責任を負う側だけが素面でいることを法で義務づけられている。この非対称に、高所とアルコールをめぐる問題の核心が表れています。

登山家はなぜ山で酒を控えるのか──高度と酔いの科学
高所では、体が静かに追い込まれている

標高2500メートルを超えたあたりから、急性高山病(AMS)が起こりうるとされています。頭痛、吐き気、めまい、倦怠感、そして眠りの浅さ。低い気圧と薄い酸素に体が適応しきれないときに現れる症状です。


これは特別な人だけの話ではありません。


富士山でのある調査では、登山者のおよそ四割前後がなんらかの高山病症状を経験したと報告されています。国内で最も人が登る山でさえ、体は静かに追い込まれているということです。


そしてもうひとつ、高所には見落とされがちな特徴があります。


乾燥です。標高が上がるほど空気は乾き、呼吸から失われる水分が増えます。加えて高所では尿量が増える現象も知られています。何もしなくても、体は水を失い続けています。

アルコールは、そのすべてを加速させる

ここにアルコールが加わると何が起きるか。


マレーシア・キナバル山の登山者を対象とした研究では、飲酒が高山病発症の有意な要因として特定されました。


飲酒者の発症オッズ比は3.73(95パーセント信頼区間 1.66〜8.39)。研究チームは結論として、登山者の高山病リスクを下げるために、登山ガイダンスの充実とともにアルコール販売の抑制を求めています。


日本でも同様の傾向が示唆されています。富士山の登山者887人を対象とした調査では、登山中の飲酒が中高年層(五十代)の高山病リスクを高める可能性が示されました。ただしこちらは予備的研究であり、統計的に強い結論とまでは言えません。


メカニズムは明快です。アルコールには利尿作用があります。


ただでさえ脱水が進む環境で、体からさらに水を抜いていく。そして睡眠を浅くします。高所順応は睡眠中に進むため、眠りの質が落ちれば順応そのものが遅れます。


高山病予防の基本として、高所到達後の数日間はアルコールを避けることが挙げられています。

最も危険なのは、症状が見えなくなること

しかし、登山におけるアルコールの本当の怖さは、リスクの数字そのものではありません。


高山病の初期症状を並べてみます。頭痛、めまい、吐き気、ふらつき、判断力の低下。

酔いの症状を並べてみます。頭痛、めまい、吐き気、ふらつき、判断力の低下。


ほとんど区別がつきません。


飲んでいる人は、高山病の初期サインを「酔っているだけだ」と解釈してしまいます。


本来なら「これ以上登らない」「下山する」と判断すべき瞬間に、その判断材料が奪われる。高山病は進行すれば脳浮腫や肺水腫という命に関わる状態に至りますが、その入り口の警報が鳴っていても、聞こえなくなるのです。


高所医療の臨床指針も、高山病の診断にあたっては、脱水・疲労・低血糖・低体温・低ナトリウム血症といった、症状のよく似た他の病態を慎重に除外するよう求めています。


高所では、そもそも症状の出どころを見分けること自体が難しい。そこにもうひとつ、区別のつかない要因を持ち込むことの意味は小さくありません。


高所でのアルコールがもたらす最大のリスクは、酔うことではなく、気づけなくなることです。


そしてここで、冒頭の規則が効いてきます。


タンザニアの法令がガイドとポーターから酒を取り上げているのは、彼らが酔うと危ないから、というだけではないでしょう。彼らは、客の異変に気づく役割を負っています。


誰かの足取りがおかしいとき、言葉が噛み合わなくなったとき、それを高山病の兆候として拾い上げ、登高の中止や下降を判断する。その判断能力こそが、山における安全装置です。


規則が守っているのは、飲む本人ではなく、気づく機能なのです。

「高い山では酔いやすい」は本当か

ここでひとつ、広く信じられている話を検証しておきます。「標高が高いところでは酔いが回りやすい」という説です。


これについては、否定的な研究結果が複数あります。


高度が血中アルコール濃度そのものを上昇させるという明確な証拠は確認されていません。アルコールを分解する速度も、平地と大きく変わらないとされています。


では、なぜ「酔いやすい」と感じるのか。おそらく、二つの要因が重なっているからです。


ひとつは、低酸素そのものが判断力や協調運動を鈍らせること。

もうひとつは、前述の通り、高山病の症状と酔いの症状が見分けにくいこと。


つまり「山では酔いやすい」というより、「山では酔いと不調の区別がつかなくなる」というのが実態に近いようです。


同じ一杯が強く効くのではなく、その一杯が引き起こした変化と、高所が引き起こした変化を、私たちが切り分けられないということです。


なお、この点については研究の蓄積がまだ十分とは言えず、低酸素とアルコールが行動能力に相加的に働くとする見解もあります。断定は避けるべき領域です。

制約は、飲み物に何を求めるのか

1922年の遠征隊がシャンパンを担いだのは、無知だったからではありません。


彼らにとってそれは、極限の場に持ち込む「文明」であり、達成を刻むための儀式でした。


荷を減らすことが生死を分ける遠征で、なお二十四本のシャンパンを運んだ。その事実には、飲み物が単なる水分補給以上の何かであることが表れています。


現代の登山者も、その欲求を捨てたわけではありません。長い登りの果てに、何かを開けて、誰かと分かち合いたい。その気持ちは百年前と変わっていません。


変わったのは、その一杯にアルコールが必要かどうかという問いに、答えが出はじめたことなのかもしれません。


参考資料

 
 
 

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